ネリー・ヴュータン
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*ネリー・ヴュータンについて [#prof] 音楽院の演奏家の中でもパガニーニさんと並び称されるのが彼女です。 早引きの技術だけではなく、演奏に感情をいかに乗せるか、聴衆をいかに感動させるかにこだわっている方ですが…なぜそれを表すと「電撃的」になるのでしょう。(公式Twitterより) ヴァイオリニスト「ネリー・ヴュータン」さんを紹介します✨ 超絶技巧の持ち主で、どんな音でもヴァイオリンで再現できてしまうとか🎻 その腕前から「小さなパガニーニ」と呼ばれています❗ でも、本人をそう呼ぶと怒ってしまうので、お気をつけください💦(公式Twitterより) 2017年3月15日開始のイベント[[返礼のエチュード]]にて実装された★5の演奏者。論理属性の弓。 &br;&color(grey){%%ピンクロリ%%};小柄の少女にして超絶な演奏技巧を持つ天才ヴァイオリニスト。「電撃的」が口癖。 同じくヴァイオリニストである[[ニコレッタ・パガニーニ]]のことを尊敬しているが、「小さなパガニーニ」と呼ばれることに対して素直に喜べない模様。 &br;気性が激しく普段は子供っぽい一面が目立つが、ヴァイオリンに対してただならぬ情熱を抱いている。 聴力もかなり良いらしく(本人曰く絶対音感)、遠い音や小さな音でも聞き逃さないほど。 その絶対音感と超絶技巧によって、あらゆる音をヴァイオリンで再現できると豪語している。 //超絶技巧のツンデレ美少女 //----------------------------------------------------------------------------- #region(''元ネタ解説''_) モデルとなった人物はフランスで活躍したベルギー出身のヴァイオリニストで作曲家の''アンリ・ヴュータン''(1820/2/17-1881/6/6)。 フランス語では''Henri Vieuxtemps''と書く。 多くの日本人ヴァイオリン少年・少女たちが初見で読めなかったであろうVieuxtempsは、この人ヴュータン。 名前もHenriと書いてアンリなので、フランス語に馴染みのない人には厳しいHenri Vieuxtempsの読み方…。 ''【経歴】'' 1820年2月17日 リエージュ州ヴェルヴィエの職人の家系に生まれる。 父はアマチュアの弦楽器職人でヴァイオリン弾きであった。 1826年ごろ ロード(P. Rode)の作品で公開演奏会デビュー(6歳)。 1829年 ド・ベリオの紹介でパリにてロードの協奏曲を演奏(8-9歳)。 1830年 パリで七月革命が勃発(10歳)。 同年、師匠ド・ベリオの駆け落ち騒動もあってベルギーに帰国。 1833年 ドイツに演奏旅行(12-13歳)。 この時シュポーアやシューマンと交流し、シューマンから''「小さなパガニーニ」''の愛称を付けてもらう。 1835年 ウィーン音楽院に留学(15歳)。 対位法や作曲を主に学ぶ。 1844年 アメリカ演奏旅行の後、ウィーンのピアニスト''ジョセフィーヌ・エーダー''と結婚(23-24歳)。 1846年 ロシア帝国のニコライ1世に宮廷音楽家、帝室劇場主席奏者に任命される(25-26歳)。 この年からペテルブルク音楽院にヴァイオリン教師として勤め、ペテルブルクにも住居を構える。 1850年 ブリュッセルにてヴァイオリン教師として弟子を取る(29-30歳)。 最も高名な教え子はウジェーヌ・イザイであろう。 1852年 フランクフルト近郊に居を構える(31-32歳)。 1866年 パリを拠点に国を跨いだ演奏活動をおこなう(45-46歳)。 1868年6月19日 妻''ジョセフィーヌ''がコレラによって死去(47-48歳)。 1871年 ブリュッセル音楽院の教授となる(50-51歳)。 1873年 脳卒中に見舞われ右半身が不自由になってヴァイオリンを弾くことができなくなる(52-53歳)。 これに伴って音楽院を退職し、後進の育成を同僚のヴィエニアフスキ(ポーランドのヴァイオリニスト・作曲家)に託して作曲に専念。 自分の作曲した曲を自分で演奏できない状況に苛立っていたという。 1879年 脳卒中が再発し、脳性麻痺の増悪により演奏家としての活動が絶望的となる(58-59歳)。 暖かい地方で暮らした方が麻痺の回復にはよいと医師に勧められ、 ヴュータンはブリュッセルやパリなど、華やかな音楽・芸術の中心を離れ、 娘夫婦が暮らしていたアルジェリアの大ムスタファ療養所にて療養生活に入る。 1881年 アルジェリアで馬車にて移動中に、''酔漢の投げた石が頭部に当たり''、 その傷が原因となってムスタファ・レザルジェにて死亡。61歳であった。 ネリー・ヴュータンの髪の毛が鮮やかなピンク色なのは、%%あるいは元ネタのアンリの悲惨な最期を反映してのことなのかもしれない。%% ''【人物】'' ヴァイオリニストとして技巧に優れ、1930年代にヨーロッパ各地を巡った演奏旅行では、 一般の聴衆は勿論、[[ベルリオーズ>エメリーヌ・ベルリオーズ]]や[[パガニーニ>ニコレッタ・パガニーニ]]を驚かせた。 またヴァイオリンの技巧のみを追求するのではなく、作曲の勉強を重ね、 その結果、協奏曲第一番は1850年のパリ初演を聴いたベルリオーズに、 ''「ヴァイオリンと管弦楽のための格調高い交響曲」''と言わしめた。(尤も、こんにちあまり人気のある作品とはいえないが…。) また、ベルリオーズはヴュータンのことを作曲家として非常に高く評価していたようで、 ''「(ヴァイオリニストとして)偉大な名手でなければ、偉大な作曲家として称賛されるだろう」''、としている。 ヴァイオリニストとしてのレパートリーでは、派手な技巧を含んだ自作曲を演奏する一方で、 [[ベートーヴェン>ルイーゼ・ベートーヴェン]]や[[メンデルスゾーン>メンデルスゾーンさん]]など音楽的に優れている(が、地味にも聞こえる)曲を積極的に取り上げ、 上辺の華美を競う他の演奏家たちとは一線を画していた。 彼の人生は、40代半ばまでは順風満帆であったといえよう。 しかし妻の死、脳性麻痺によるヴァイオリニストとしての突然の終焉、 華やかなヨーロッパの音楽界を遠く離れたアフリカでの生活がヴュータンを憂鬱にし、 彼の晩年の作品に暗い影を落としているものだといえる。 ヴァイオリニストとしての華々しいキャリアを終えたヴュータンは、 ヴィオラやチェロのための佳曲を書き残している。 それは影があり、憂鬱で、また真摯な音楽であり、 もはや戻らない輝いていた日々への憧憬の音楽ではなかろうか。 ''【音楽史におけるヴュータンの位置】'' 作曲においては、ヴァイオリン協奏曲として初めてシンバル(第一番)やハープ(第四番)を使用し、 各楽章の連続性を意識するなど、実験的な試みをおこなっている。 とはいえ、その試みが後のヴィルトゥオーゾ作曲家たちに直接継承されていったという訳ではない。 ヴァイオリニストあるいはヴァイオリン教師としてのヴュータンは、 ''フランコ=ベルギー派''(楽派とも)に位置づけられる。 この派に属する有名なヴァイオリニストには、ド・ベリオやイザイ、グリュミオー、デュメイなどがいる。 ヴァイオリン弾きにはお馴染みの弓の持ち方の三大派閥、 「ドイツ式」「ロシア式」「フランコ=ベルギー式」の一角をなす派閥であり、 それらのなかではバランス型、あるいは中途半端といわれることもある…。 ''【おすすめの曲】'' ・''ヴァイオリン協奏曲第4番''(全曲で25分弱) 第1楽章と第2楽章が連続して演奏される。 ヴァイオリン協奏曲としては初めてハープを使用した曲で、 ヴィルトゥオーゾ的な技巧を誇示する部分と交響的部分のバランスが優れている。 ヴァイオリンソロがウニョウニョと蠢く、一聴して凄みがわかる終楽章のとある部分は必聴。 ・''ヴァイオリン協奏曲第5番「ル・グレトリ」''(全曲で20分くらい) もともとは1861年、ブリュッセル音楽院の卒業試験の課題曲用に作曲された。 のち1878年にパリ音楽院の卒業試験用の課題曲として改訂された。 単一楽章で構成されているが、急―緩―急の三つの部分からなる。 副題のグレトリとは作曲家の名前で、グレトリのオペラ「ルシール」の旋律を曲中に用いていることから。 分かりやすく格好良く、魅力的で技巧的な、ヴュータンの入門編。 但し弾く方はそれなりに大変である。 ・''ヴァイオリン協奏曲第7番「イェネー・フバイに捧ぐ」(遺作Op. 3)''(全曲で20分弱) 未完の協奏曲で、オーソドックスな三楽章構成。 献呈されたフバイの手によって完成されたが、ヴュータン本人の部分とは出来に差があるとも。 とはいえヴュータンの最後の協奏曲である。 彼の晩年に思いを馳せながら聴いてみてほしい。 ・''ヴィオラとピアノのためのエレジー''(全曲で7分強) ヴュータンがヨーロッパで華々しく活躍していた1854年頃の作曲。 弦楽四重奏を演奏するときにはヴィオラを弾いていたというヴュータンが、 実はヴァイオリンよりも好きだったのでは?とさえ思われるヴィオラのために書いた曲である。 美しい旋律が愛されて、ヴィオラソロの演奏会ではかなりの確率で演奏される。 #endregion //----------------------------------------------------------------------------- #region(''ボイス''_) |>|~アルバム収録ボイス| |~シーン|~セリフ| |タイトルコール|ガールズシンフォニー| |自己紹介(初登場)|| |戦闘開始|| |編成団員に選出|| |補佐官ボイス①|| |通常攻撃①|| |通常攻撃②|| |味方ステータスアップ|| |味方ステータスダウン|| |ログインボイス①|| |生命力回復|| |補佐官ボイス②|| |敵撃破|| |音楽魔法発動|| |顔見知り|| |ダメージ発生|| |大ダメージ発生|| |団員レベルアップ|| |補佐官ボイス③|| |戦闘不能|| |戦闘勝利|| |贈り物① (普通)|ま、受け取っておくわよ。| |贈り物② (喜び)|あら……コンダクターにしては気が利くじゃない。あ、ありがとう。| |ログインボイス②|| |補佐官ボイス・放置|| |進化|| |友人|| |親密|| |超進化|| |時報 (0時)|| |時報 (1時)|| |時報 (2時)|| |時報 (3時)|| |時報 (4時)|| |時報 (5時)|| |時報 (6時)|| |時報 (7時)|| |時報 (8時)|| |時報 (9時)|| |時報 (10時)|| |時報 (11時)|| |時報 (12時)|| |時報 (13時)|| |時報 (14時)|| |時報 (15時)|| |時報 (16時)|| |時報 (17時)|| |時報 (18時)|| |時報 (19時)|| |時報 (20時)|| |時報 (21時)|| |時報 (22時)|| |時報 (23時)|| |元旦限定ボイス①|新年あけましておめでとうって言ってあげるわ! 光栄に思いなさい!| |元旦限定ボイス②|新年あけましておめでとうって言ってあげるわ! ありがたく思いなさい!| |元旦限定ボイス③|新年あけましておめでとうって言ってあげるわ! 電撃的に感動しなさい!| |クリスマス限定ボイス①|メリー・クリスマス、コンダクター! いい子にしてたから、きっとすごいプレゼントがもらえるはずよね!&br;サンタさん来てくれるよね!| |クリスマス限定ボイス②|メリー・クリスマス、コンダクター! 悪い子にはブラックサンタがくる……! そんな話もあるんだって……!&br;どうしよう、超怖いよ、コンダクター!| |クリスマス限定ボイス③|メリー・クリスマス、コンダクター! あなたがいて、みんながいて、クリスマスがやってくる……すごく幸せ。&br;いつもありがとう。って、言わせんな恥ずかしい!| |大晦日限定ボイス①|もう大晦日なのね、コンダクター。電撃的な一年だったわね……!&br;その……あなたのおかげで……モニョモニョ……とにかく来年もよろしく!| |大晦日限定ボイス②|もう大晦日なのね、コンダクター。今年が充実してたのも、あなたのおかげ……って、言わせんな恥ずかしい!| |大晦日限定ボイス③|もう大晦日なのね、コンダクター。あなたと出会ってから、一年がすぎるのが早い……いつもありがとう……。&br;なによ、私だってたまには素直になるの。| |ゲーム開始1年限定ボイス①|| |誕生日限定|ハッピーバースデー、コンダクター。ふんっ。私がお祝いしてあげるんだから、感謝しなさい! 電撃的な感動を覚えるといいわ!| |>|~アルバム未収録ボイス| |指揮者誕生日|| //region内表整形用 |LEFT:1024|c | | #endregion //----------------------------------------------------------------------------- #region(''表情差分''_) |CENTER:|CENTER:|CENTER:|c |~喜び|~怒り|~悲しみ| |&attachref(,nolink,);|&attachref(,nolink,);|&attachref(,nolink,);| |~照れ|~真剣|~驚き| |&attachref(,nolink,);|&attachref(,nolink,);|&attachref(,nolink,);| #endregion //----------------------------------------------------------------------------- #region(''旧情報''_) //「(キャラ)について」と「元ネタ解説」以外のすべての旧情報をここに格納 //キャラによっては「(キャラ)について」に旧性能や旧運用方法が記述してあるのでそちらもここに格納
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